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こうして、北を目指して、コーデリアとマデリンは旅をすることになった。

出発して数日。

街道を歩きながら、コーデリアはよく喋った。

マデリンはどちらかというと無口なので、自然とコーデリアが話し、マデリンが聞くという形になる。

「私さ、親の顔ってあんまり覚えてないんだ」

突然、コーデリアがそんなことを言った。

マデリンが横を見る。

「そうなの?」

「うん。小さい頃に二人とも亡くなったから」

コーデリアの声は明るかった。

無理に明るくしているわけではない。

遠い昔のこととして、自分の中では受け入れているのだろう。

「それから孤児院で育ったの」

「大変だった?」

「どうかな」

コーデリアは少し考える。

「寂しいことはあったけど、孤児院のみんながいたからね。院長先生も優しかったし」

「そう」

「だから、不幸だったとは思ってないよ」

コーデリアは笑う。

「家族みたいなものだったから」

マデリンは黙って聞いていた。

「剣を始めたのも、その頃」

「孤児院で習ったの?」

「違う違う。近所に変なおじいさんがいたの」

「変なおじいさん?」

「いつも上半身裸で家の前で木刀振ってるの」

「……変だね」

「でしょ?」

コーデリアは笑った。

「あとで知ったんだけど、その人、昔は結構有名な剣士だったらしいの。もう引退してたけどね」

幼いコーデリアは、その老人が剣を振る姿を毎日のように見ていた。

そしてある日。

『おじいちゃん、それ教えて!』

そう声をかけたのだという。

「最初は遊びみたいなものだったよ」

木の棒を握る。

構え方を教わる。

足の運びを教わる。

何度転んでも立ち上がる。

「そしたら、そのおじいさんがさ」

コーデリアは少し得意そうな顔をする。

「『お前、才能あるぞ』って」

「へえ」

「それから本格的に教えてくれるようになったんだ」

「厳しかった?」

「すっごく!」

コーデリアは顔をしかめる。

「子供相手なのに全然容赦ないの! 毎日素振り! 走り込み! 足運び! ちょっとでも変な構えしたら最初から!」

「でも続けたんだ」

「楽しかったから」

即答だった。

マデリンはコーデリアを見る。

「剣が好き?」

「うん。でも――」

コーデリアは少し考えた。

「剣そのものが好きっていうより、強くなれるのが嬉しかったのかな」

「強くなりたかった?」

「なりたかった」

コーデリアは前を向く。

「孤児院にいた頃って、困ってる子をたくさん見たから」

親がいない。

帰る家がない。

食べるものがない。

理不尽な目に遭っても、自分ではどうにもできない。

そんな子供たちを何人も見てきた。

「だから思ったんだ」

コーデリアは腰の剣に触れる。

「強くなれば、そういう人たちを助けられるんじゃないかって」

「それで冒険者になったの?」

「うん」

コーデリアは頷く。

「本当は師匠から『まだ早い』って言われたんだけどね」

「聞かなかった?」

「聞かなかった」

「そうだと思った」

「なんで!?」

マデリンは少しだけ笑った。

「でもさ」

コーデリアは続ける。

「早く誰かの役に立ちたかったんだ」

弱い人。

困っている人。

助けを求めている人。

マデリンの耳に遠い昔の声が蘇る。

『今困ってる人がいるんだぞ?』

陽気な青年が笑っている。

『だったら、今助けに行かなきゃ意味ないだろ』

剣を背負った青年、ケヴィン。

(……やっぱり)

マデリンは隣を歩くコーデリアを見る。

(あの人と似ている)

顔はまったく違う。

声も違う。

生まれも違う。

コーデリアの方が、ケヴィンよりは真面目かもしれない。

それでも、根っこの部分がよく似ている。

困っている者を放っておけない。

自分にできることがあるなら、やる。

それを特別な善行だとも思っていない。

「どうしたの、マデリン?」

「なんでもない」

「私の顔見てたでしょう?」

「見てない」

「見てたって」

「気のせい」

「そうかなあ?」

マデリンは前を向いた。

まだ、ケヴィンのことを話すつもりはなかった。

     ◇ ◇ ◇

その日の夕方。

二人は小さな村へ到着した。

「今日はここに泊まろうか」

「うん」

宿を探そうとしていたところで、二人は村の様子がおかしいことに気づいた。

人通りが少ない。

村人たちもどこか不安そうだ。

「何かあったのかな」

コーデリアが呟く。

こういうことを見過ごせないのがコーデリアである。

近くにいた村人に尋ねると、老人は困ったような顔をした。

「実はな……」

村の近くに、古い遺跡があるという。

長年放置されていた遺跡で、以前は特に危険な場所ではなかった。

ところが数か月前から、魔物が住み着くようになった。

最初は数匹だった。

しかし次第に数が増え、ついには遺跡から出た魔物が村の近くまで現れるようになった。

家畜も襲われている。

「それ、放っておけないじゃない」

コーデリアが即座に言う。

話を聞いた二人は村長の家へ向かった。

事情を詳しく聞く。

「もし可能なら、遺跡の魔物をどうにかしていただけないでしょうか」

村長が頭を下げた。

「もちろん!」

コーデリアが答える。

「引き受けます!」

それからマデリンを見る。

「いいよね?」

「もう引き受けてるでしょう」

「……そうだった」

マデリンは小さくため息をつく。

「まあ、いいけど」

「ありがとう!」

こうして二人は、遺跡の調査と魔物討伐を引き受けることになった。

     ◇ ◇ ◇

翌朝、二人は村の近くにある遺跡へ向かった。

森の中。

木々に埋もれるように、古い石造りの建物が残っている。

「結構古そうだね」

コーデリアが石壁を見る。

「何の遺跡なんだろう」

「分からない」

マデリンも壁に刻まれた模様を見る。

少なくとも、自分が知っている文明のものではなさそうだった。

「入ろう」

「うん」

コーデリアが剣を抜く。

マデリンも周囲を警戒しながら、その後へ続いた。

遺跡の中は薄暗い。

長い年月で崩れた石材が、あちこちに転がっている。

そして。

「グルルル……」

「早速来たね」

魔物が姿を現した。

三匹、獣に似た小型の魔物。

コーデリアが構える。

「私が――」

言い終わるより早く、マデリンが杖を向けた。

魔法が飛ぶ。

ドンッ!

一匹が吹き飛んだ。

「早いって!」

「あと二匹」

「分かってる!」

コーデリアが走る。

一閃、一匹を斬り伏せる。

残った一匹が飛びかかる。

「そこ!」

身体をかわしながら剣を振る。

三匹目も倒れた。

「……弱いね」

コーデリアが剣を払う。

「うん」

二人は先へ進む。

また魔物。

今度は五匹。

だが、魔法が二匹を吹き飛ばす。

コーデリアが一匹を斬る。

もう一匹。

最後の一匹はマデリンの魔法。

「終わり」

「……なんか私たち、かなり強いんじゃない?」

「今さら?」

「今さらって何よ!」

さらに奥へ。

進むほど、魔物の数が増えていく。

十匹。

さらに十数匹。

だが、二人にとっては、それほどの敵ではなかった。

コーデリアが前衛で魔物を引きつける。

マデリンが後方から魔法を撃ち込む。

一年前に初めて共闘したときから、二人の連携は不思議なほど噛み合っていた。

「右!」

コーデリアが右から来た魔物を斬る。

「コーデリア、下がって」

「了解!」

コーデリアが跳ぶ。

その瞬間、広範囲の魔法が炸裂する。

魔物たちがまとめて吹き飛んだ。

「すご……」

「行こう」

「もうちょっと達成感とかないの?」

「まだ終わってないから」

「はいはい」

二人はさらに奥へ進んだ。

そして、遺跡の最深部、大きな広間へ出た。

「……何、これ」

コーデリアが立ち止まる。

広間の中央。

そこに、一体の像があった。

人の形に近い。

だが、人ではない。

複数の角。

異様に長い腕。

歪んだ顔。

見ているだけで、不快な感覚を覚える。

像の周囲には、黒い霧のようなものが漂っていた。

マデリンの表情が変わる。

「…………」

「マデリン?」

コーデリアが声をかける。

マデリンは像へ近づいた。

「触らないで」

「う、うん」

いつも淡々としているマデリンの声が、明らかに違う。

警戒している。

いや、それだけではない。

何かを知っている。

「これ……知ってるの?」

マデリンはしばらく像を見つめた。

そして言った。

「邪神の像ね」

「邪神?」

「ええ」

マデリンは像から目を離さない。

「昔、魔王ゼルディオンの城で見たわ」

「…………」

コーデリアが瞬きをする。

「それ、誰?」

マデリンは答えなかった。

「マデリン?」

「帰ってから詳しく話すわ」

「え?」

「今は――」

マデリンが片手を像へ向ける。

「この像を破壊しましょう」

魔力が集まる。

これまで雑魚の魔物に使っていたものとは、明らかに違う。

「少し離れて」

「分かった!」

コーデリアが後退する。

次の瞬間、マデリンの魔法が放たれた。

轟音。

強烈な光。

魔法が邪神の像を直撃する。

亀裂。

そして、像が砕け散った。

その瞬間、広間を漂っていた黒い霧が、一気に消えていく。

「……やっぱり」

マデリンが呟く。

「何が?」

「この像が魔物を引き寄せていた」

「そんなことがあるの?」

「この種類の像ならね」

コーデリアは砕け散った像を見る。

「じゃあ、誰かがここに置いたってこと?」

「……たぶん」

マデリンの声が低くなる。

それが意味することを、コーデリアも理解した。

自然にできたものではない。

誰かが、何らかの目的で、ここへ邪神の像を持ち込んだ。

「とにかく」

マデリンが言う。

「残ってる魔物を全部倒そう」

「うん!」

二人は遺跡内を再び回った。

像が破壊されたからといって、すでに集まっていた魔物が消えるわけではない。

だが、もはや二人にとって、残った魔物は敵ではなかった。

コーデリアの剣。

マデリンの魔法。

二人は遺跡に残った魔物を一掃した。

     ◇ ◇ ◇

夕方、二人は村へ戻った。

「どうでしたか?」

村長が心配そうに尋ねる。

「大丈夫です!」

コーデリアが笑う。

「遺跡にいた魔物は全部倒しました」

「おお……!」

「それから」

コーデリアはマデリンを見る。

説明を任せるらしい。

「遺跡の奥に、魔物を引き寄せる力を持った像がありました」

マデリンが言う。

「それを破壊しました。おそらく、あの遺跡に魔物が集まっていた原因はあれです」

「では……」

「もう遺跡が魔物の巣窟になる可能性は低いと思います」

村長の顔が明るくなる。

「ありがとうございます!」

何度も頭を下げられた。

村人たちからも感謝される。

そして二人は、約束していた報酬に加え、村人たちからささやかなお礼まで受け取った。

「こんなにもらっていいのかな」

宿へ向かいながら、コーデリアが言う。

「いいんじゃない?」

「でも……」

「困ってる人を助けたんでしょう?」

「まあ、そうだけど」

「なら受け取っておけばいいよ」

「そういうものかな」

「そういうもの」

コーデリアは少し考えたあと、頷いた。

「じゃあ、ありがたくもらっておこう」

そして、数歩歩いたところで。

コーデリアが止まった。

「……マデリン」

「なに?」

「忘れてないからね」

「何を?」

「魔王ゼルディオン」

「…………」

「帰ったら詳しく話すって言ったよね?」

「言ったね」

「邪神の像も。あれがなんなのかも」

「…………」

「それに」

コーデリアはマデリンを見る。

「『昔、魔王ゼルディオンの城で見た』って言った」

マデリンは黙る。

「マデリン」

コーデリアの表情から笑みが消える。

「あなた、昔――何があったの?」

「…………」

長い沈黙。

やがてマデリンは歩き出した。

「宿に戻ろう」

「マデリン?」

「話すよ」

マデリンは前を向いたまま言った。

「百五十年程前のことを」

コーデリアは何も言わなかった。

ただ、その後を追った。

北を目指して始まった二人の旅。

その最初の遺跡で見つけたものは、百五十年前に滅びたはずの魔王とつながる邪神の像だった。

偶然なのか。

それとも、何者かが意図的に、魔王ゼルディオンが残したものを利用しているのか。

そして、その目的は何なのか。

まだ二人には分からない。

ただ一つだけ、マデリンには、もう確信に近い予感があった。

北で起きている異変と、百五十年前の出来事は――つながっている。

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